tea room

小説リレー「あき」

 『創作ティータイム』「第5回「あき」」に山内リリが立てたスレッドより抜粋です。

※ルール
・最低限の世界観設定や主要登場人物、1文目と50文目は山内リリが指定する。
・1文あたりの文字数に制限はない。
・1文は、必ず句点(または、台詞のかぎ括弧閉じ)で終える。
・台詞については、句点またはかぎ括弧閉じで1文とカウントする。
・必ず誰か別の人の後に書けば、1人あたり何回でも投稿可能。

 誰もいない音楽室にはひんやりとした空気が満ちていて、奏楽をやけに哀切な気分にさせた。部活が終わり、大半の生徒が帰ったあともここに居座っているのは彼くらいのものだ。
 口笛を吹く。
「あ、それって今やってる映画の、えっと、『最初の400m』の主題歌だよね!」  奏楽は、陽依里が初めて話しかけてきた時のことを思い出していた。その時も今と同じように、口笛を吹いていた。
 あの頃よりは上達したワンフレーズ。
 確か有名アーティストが作詞を担当したとかで、コメント欄が考察と賞賛で埋まっていたのを覚えている。奏楽はその曲を好きでも嫌いでもなかった。
 窓から差し込む橙色の光線は幾分角度が低く、あの思い出が遠くなっていくことが身に沁みた。
 『最初の400m』のラストに感化されたかのように、陽依里は忽然と消えてしまった。それでも陽依里の声だけは奏楽の耳に残っている。
 行方は不明、動機も不明、けれど、最後に彼女と会ったのは他でもない、奏楽だった。
 彼女の歌声が自分の中から消えるのが怖い。
 陽依里は奏楽と知り合ってから、放課後によくこの部屋に来て、下手っぴな口笛を吹いていた。陽依里は口笛よりも歌が得意だった。
「歌なら負けっこないんだから」
 ただ、粘り強さなら奏楽に軍配が上がる。
 ただひとりだけの空間で口笛を吹き終えた奏楽は、音楽室から駐輪場へと足早に移動し、さっと自転車に跨った。明日は土曜だし、彼女を探しに遠出するのもいいかもしれない。
 待てよ、昨日も金曜日じゃなかったか?
 慌ててスマートフォンのロックを解除してみると、今日の曜日は金曜日だった。
 奏楽の頭に浮かんだ疑問は、確証へと変わった。
 確か昨日の金曜日は、彼女を探して自転車を走らせて、車に撥ね飛ばされたのだっけ。そして一昨日の金曜日は、彼女を探しに行った先で溜め池に落ちてしまった。
 経緯や仕組みは不明だが、陽依里のいない金曜日を延々と繰り返す世界に迷い込んだようだ……奏楽はそう認めざるを得なかった。
 いったい誰が、何の目的で?
 思考とは裏腹に、足は自転車のペダルを踏んで漕ぎ出していた。
 誰か、誰か止めてくれ。
 奏楽の意識を置き去りに、運命の車輪は回り出す。ブレーキも利かず、自転車は坂道を転がるように下っていく。
「溜め池は嫌だ溜め池は嫌だ溜め池は嫌だ、いや車も嫌だけど溜め池だけはやめてっ」
 奏楽を乗せて暴走を続ける自転車の眼前に、突如として人影が現れた。
 彼女はレバーの前で立ちすくんでいる。
「大丈夫、今度こそ奏楽を救える」
 ゆっくりと、まっすぐに、陽依里がレバーを引くと、自転車の進路が変わる。そして陽依里の立っていた地面が崩れていく。落ち窪んだ地面によって勢いを殺され、倒れ込んだ陽依里の背中がタイヤの下敷きになったあとに、やっと自転車が止まるのを、ただぼんやりと眺めていた。
「粘り強さでも……負けっこないんだから……」
 奏楽の両目は寸分の狂いなく息絶える少女の姿を収めている。
 どうかもう一度金曜日よ来てくれ。
 ピュウ、と口笛を吹く。
 1372回目より上達したワンフレーズ。
「ああ、それって……前見に行った映画の、えっと、『最初の400m』の主題歌、だよね……」
 今度こそ、今度こそ陽依里を救ってみせる。
 エンドロールは流れない。周りの景色が歪み、全てが闇に呑まれていく。奏楽にとって夕方の終わりは物語を幕開ける主題歌に等しい。
 大丈夫、また放課後に戻れるはずだ、辺りはこんなにも暗くなっていて、いつも遡る時と同じはずなんだ。
 秋の空気の澄んだ夜には、なんとも円い月が輝いていた。

※執筆者(順不同・敬称略)
山内リリ
ニキュニキュの実
ごとう
holly
ムツバナ
🥩(にく)
いくみ

※世界観設定
・ジャンルは不問
・時代は現代日本
・場所は某県某所にある架空の地方都市「東川市」

※主要登場人物設定
*高橋奏楽(たかはし そら)
 ・一人称「僕」
 ・東川高校に自転車で通う少年。1年2組
 ・吹奏楽部に所属。担当楽器はフルート
 ・趣味はサイクリング、特技は流行歌の耳コピ
*初田陽依里(はつた ひより)
 ・一人称「わたし」
 ・奏楽の幼なじみ(恋愛関係歴はない)
 ・東川高校に自転車で通う少女。1年1組
 ・吹奏楽部に所属。担当楽器はクラリネット
 ・趣味はカラオケ、特技は料理(お菓子は苦手)

 本企画では、世界観と主要登場人物、初めの一文と最後の1文を予め山内が指定しました。これは、参加者たちが、「キャラクター設定に従って物語を動かそう」「ラストは決まってるしな」と気軽に書き込むことを意図したものです。
 初出は、2024年9月5日から9日の5日間の投稿。まあこれも1か月くらいあれば完結するのではないかなと楽観していた山内の予想に反し、やはり程良いスピード感と緊張感を持って物語が紡がれていきました。序盤の何気ない言葉の数々が、皆で示し合わせた訳でもないのに、伏線となってどんどん回収されていく。「今度はそうきたか!」の連続で、特に終盤は手に汗握る展開でした。深夜帯に通話しつつ、新たな書き込みが追加されていく様子を見守りながら、非常にドキドキしていました。
 またやりたいですね。是非宜しくお願いします。